その夜は、別の予定があった。私と友達はもう目的地に向かわなければいけない時間だ。

「そろそろ行こうかな」

「本当に行かせたくない、はぁ。」

彼の表情が曇った。

「君はもうすぐ帰国するのに、今また違う場所へ行こうとしてる。耐えられない。どうしようもないけど、つらい。このまま離したくない。」

彼とは別々の方向になるので、それぞれタクシーを呼んだ。車が来るまでの間、今までとは一転して重い沈黙が流れる。

「…なんだか彼、もう泣きそうだよ。」

友達にコソッと耳打ちされて気付いた。さっきまでは穏やかだったのに、彼がそこまで真剣に捉えているとは思わなかった。今まで、誰かにこんなに感情をストレートに表現され、別れを惜しまれたことがあっただろうか。

「まだ時間はあるし、大丈夫。そんなに重く捉えないで!あとでまた連絡するから」

彼の深刻な落ち込みように動揺しつつ、前向きな言葉で必死に応答した。

私はいつも、事態の把握が遅い。事が起きた後に実感するまで、何時間、何日もかかる。

彼とは、一緒にいる時の空気があまりに自然すぎた。これまでもずっと過ごしてきたような、そういう日々がこれからも続くような錯覚に呑まれていた。

切ない表情の彼を置いて、私たちはタクシーに乗り込む。残酷だが、残される側より飛び立つ側のほうが足取りは軽いものだ。

私と友達は、予定されていたとある飲み会へ。友達の職場のボスが特別なお店を予約して、たまたま旅行に来ている私も大歓迎、と誘ってくれたのだ。

指定されたお店に到着すると、すでに皆が集合しており、夜の時間は始まっていた。軽く挨拶し、音楽とお酒を楽しむ。

しばらくして、彼から連絡が。

〈合流できた?飲みすぎたらだめだよ。〉

〈いま着いた!わかってるよ〜〉

〈そうだ、言うことがある〉

〈どうしたの?〉

〈親愛なるxxx。

僕の恋人になってくれますか。僕たちまだ知り合って間もないけど、本当に君が好きだ。毎日24時間一緒にいたい。そうなれたらどんなに良いか。

一緒になった後は愛をもって君を守るし、面倒をみる。辛く悲しい思いはさせない。だから、承諾してくれる?〉

画面には、綺麗な言葉がぎっしりと並んでいる。日本語に訳すと不自然で、微妙なニュアンスが消されてしまうのが惜しい。こういった愛の言葉は常套句だしあまりにもクサイ。しかし不思議なことに、そんな懐疑的でひねくれた私の心にすら、スッと入ってくるものがあった。

騒がしい場所で、お酒を飲みながら返事ができる状況ではない。しばらく文面を見て硬直し、その美しさを噛み締めていた。

〈返事がないなら、OKということでいい?〉

まだ応答してないのに、追撃が来る。実際、私は即答できなかった。いつもは恋愛にすぐ飛び込むタイプだが、その時は直感で彼と一緒にならない方がいいような気がしていた。彼がどう、とかではなく、私達の思い出のために。

でも、彼のことは完全に大好きになっていた。こういう時、どうすれば最適解?学校では教えてくれないことのひとつ。

〈本当にありがとう、そんなことを言ってもらえて光栄、嬉しい。私もあなたが大好きだ。一緒に居てリラックスできるし、前からずっと知っていたみたいな感じ。〉

〈(スマイルの絵文字)〉

〈でも、私たちはまだそんなに急がなくていいと思う。お互い好きなら好きで、ゆっくり進めていけばいいんじゃないかな。〉

せっかく貰った言葉を蔑ろにするような発言だが、そう答えるのが精一杯。

〈いい?僕たちの国には昔からこういう言い回しがある、”先に手を下した方が強い、先手必勝”。

君みたいなこんなに素敵な女の子に出会ったことは、僕のあらゆる運を使い果たしたと思う。

この機会をちゃんと大切に惜しまないと、あとで泣きたくても泣く場所もないんだよ、わかる?〉

寡黙でシャイなくせに、どこから学んだのかと問い詰めたくなるような甘い言葉がスラスラと出てくる。

〈とにかく、もう君に会いたくなった。いつも想ってる、ハグをあげる。おやすみ。〉

宝石みたいな言葉の数々が、眩しくて楽しい。

帰国まで、あと2日。

 

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